大阪地方裁判所 昭和24年(ヨ)1180号 決定 1949年11月11日
申請人
嶋本茂
被申請人
株式会社新日本新聞社
主文
被申請人が昭和二十四年十月六日申請人に対して為した解雇の意思表示は申請人から被申請人に対する右解雇無効確認等請求の本案判決確定に至るまでその効力の発生を停止する。
被申請人は申請人に対し賃金の支払、勤務、職場その他労働条件につき労働協約に依らないで従前の待遇を不利益に変更してはならない。
理由
申請人は主文通りの仮処分命令を求め、その理由とするところは、被申請人は新聞発行の業務を営む株式会社であり、申請人は被申請人の従業員から成る労働組合である全日本新聞労働組合新日本支部の副組合長であるところ、被申請人は昭和二十四年十月六日就業規則第三条違反という理由を掲げて申請人を解雇したが、右解雇は次の理由によつて無効である。第一に
申請人の属する前記労働組合と被申請人との間には、昭和二十三年十月十八日労働協約が締結せられ、現在なお有効に存続するのであるが、右協約第五条には、会社は組合の同意を得ずに組合員の現在の地位に変更を来すような処置をとつてはならない、と規定されておるにも拘らず、被申請人は右組合の同意を得ることなく申請人を解雇したものであるから、右解雇は労働協約違反であつて無効である。第二に、被申請人は従来その事業場内で労働組合活動の行われることを極度に嫌い、今日まで組合活動ある毎に労働組合法を無視してこれに介入し、指導者を解雇してきたため、組合員は萎縮し、組合活動は休止状態に陥つた。申請人は昭和二十四年六月頃より萎縮した組合員を鞭達して組織の確立に努力し、同年八月頃からその成果が現れて同年九月二十九日組合総会を開催、申請人は副組合長に就任したのであるが、被申請人は組合の指導者である申請人を説得することにより偶々当時発生していた被申請人株主間の紛争における自己の立場を有利ならしめようとして不当に右労働組合に介入、その御用組合化をはかろうとしたのであるか、申請人はこれを拒否してきたところ、被申請人は申請人を会社に協力しないという理由で前記のように解雇したものであつて、右解雇は、申請人が組合のための正当な行為をしたことを真の理由とするものであるから労働組合法第七条に違反し無効である。それで申請人は被申請人に対し、右解雇無効確認の本訴を提起する準備中であるが、被申請人はその事業場内に居住する申請人に立退きを命ずるなど無暴な行為を敢行しており、且申請人の生活も窺乏しておるので本案判決あるまでの間に回復することのできない損害をうけることを避けるために本申請に及んだというにあり、疏明方法として甲第一乃至十五号証を提出した甲第一乃至七、及十四号証を綜合すると、被申請人が新聞発行を業とする株式会社であり、申請人はその従業員から成る労働組合である全日本新聞労働組合新日本支部の副組合長であること、被申請人が昭和二十四年十月六日申請人をその就業規則第三条違反を理由として解雇したこと、右解雇につき被申請人は申請人の属する組合の同意を得なかつたことを認めることができ、甲第九、十、十五号証によると右組合と被申請人との間には労働協約の存在すること、その第五条には被申請人は組合の同意を得ずに組合員の現在の地位に変更を来すような処置をとつてはならないとの規定の存することを認めることができる。そして解雇はもとより右にいわゆる組合員の現在の地位を変更を来すような処置の最たるものというべきであるから、組合の同意を必要とするものというべく、尤も解雇が真に止むを得ない事情にあつて会社が組合の同意を求めたのに組合がこれに同意しないときその同意拒絶が権利の濫用とみなされる場合もありうるけれども、このような特段の事情の認められない本件の場合においては、被申請人の申請人に対する解雇の意思表示は右労働協約に違反するものといわねばならぬ。そして解雇は労働者にとつてその労働協約関係を終了せしめるというにおいて最大の待遇変更であつて、その条件は労働者にとつて最も重要な労働条件をなすものといわねばならず、従つて労働協約約における解雇条件についての規定は賃金、就業時間等の規定に優るとも劣らぬ程度において労働条件の基準をなす規範を形成し、右基準は解雇の有効要件をなし、右基準に反した解雇はその効力を生じないものといわねばならぬ。このことは解雇の条件として組合の同意を要するというが如き附款のついている場合にも同様であつて、或は右協約違反の解雇を当然無効とすることは使用者が私企業の主体として持つている解雇の自由を抛棄したことになり、生産手段の所有者としての地位を有名無実にするという理由から、使用者は組合員の解雇につき組合に対しその同意を求めるべき債務を負担するのみであつて、右協約違反の解雇は無効ではなく、使用者はこれによつて組合に対し債務不履行の責任を生ずるにすぎないという見解が存するけれども、使用者の解雇の自由に関する民法の規定は任意規定であり、これを制限することは既に労働組合法、労働基準法等においてみられるところであり、これらの法規において認められている範囲の解雇の自由を更に使用者と労働組合との協約によつて制限することは法律上何等差支えがなく、しかも一旦協約において定められた労働条件の基準はそれが上層強行法規に牴触しない限り、それ自ら強行性をもつ規範として、これに反する取扱を許さないのは当然であり、条件が協約当事者間の債権債務の関係を設定するかのような表現を用いている理由で前記のような区別をすることは均衡を失するばかりでなく、組合員が協約に違反して解雇された場合、組合が使用者に対してその債務不履行を原因として損害賠償を請求できるということはたゞ理論上そうだという丈けのことであつて、一組合員の解雇による組合の損害の算定ということは実際上至難の事柄であり、組合が使用者に対して長日月を費して損害賠償の訴訟を起してかからねばならぬということは事実上右協約の効果を有名無実に帰せしめ、延いては使用者をして、朝に組合との間に組合員の解雇は組合の同意を要する旨の労働協約を結んでおきながら、夕には右協約の効果の有名無実なるに乗じて協約の規定を無視して解雇を擅行するという甚だしく信義に反した行為を許すことになるから右のような見解は到到採容することができない。以上の理由により本件解雇は、それが労働組合法第七条違反であるか否かを判断するまでもなく無効であるといわねばならぬ。次に被申請人と組合との間に前記のような労働協約が存在すること前認定の通りである以上、被申請人は申請人に対し、賃金の支払、勤務職場その他労働条件について組合の同意なくして従前の待遇を不利益に変更しない義務を負うこと右協約第五条の規定に依り明かである。(労働条件に関する協約の規定は、単に組合に対する使用者の債務を設定することにとどまるものでなく、強行規範を形成し、各組合員自ら直接に使用者に対して右規範に違反しないことを求める適格を有する。)そして一介の労働者が不当に解雇せられた場合物価騰貴転職困難の現下の世相の下忽ち生活に窮することは自明であり、被申請人は前認定のように労働協約違反の解雇をしたのであるから申請人は被申請人に対し今後の待遇条件につき労働協約に則るべきことを求めなければ仮に被申請人の従業員たるの地位を得てもその地位は不安定であつて生活上の脅威は除かれないから本件仮処分申請の必要は存在するものといわねばならぬ。それで申請人の申請はすべて理由があるからこれを認容することとし主文の通り決定する。